生涯教育と人間形成 7/24,31 第13・14回 講義ノート3

**2-11 第九段階

1)
 老化が進行し無力化に至る。
 だからこそ、いよいよ発達が問われる。
 謂わば美しい「白鳥の歌」を歌えるようになるために。
 ヘレニズム、ギリシャ神話で、音楽、予言、神託の神であるアポロンの鳥とされる白鳥は、予知の力を備えており、死を迎えるとき、最後にひときわ来世で幸福になることを喜び、歌うという。

 ソクラテスは「白鳥はいつも歌いつづけてきたのだが、自分が死ななければならないことを知ると、そのときはいつもよりもっとさかんに、もっと美しく歌うものだ。主なる神のみもとに行こうとしているのを喜んでね」と述べている。田中美知太郎・池田美恵訳『ソークラーテスの弁明・クリトーン・パイドーン』新潮文庫、一九六八年、一六四頁。


1-2)発達課題としての死

 いかに生きるかということは、いかに死ぬかということ

 絶望への道だが、終わりがあることは、区切りをつけられ、総括できることでもある。この絶望への道を、総括(統合、完結)へと逆転させるか否かが発達課題となる。

 「一粒の麦は、地に落ちて死ななければ、一粒のままである。だが、死ねば多くの実を結ぶ。自分の命を愛する者は、それを失うが、この世で自分の命を憎む人は、それを保って永遠の命に至る」(「ヨハネ福音書」一二章二四~二五章)。
 これは「一粒の麦」として知られている。
 イエスが十字架に向かう時の言葉だが、人間の生き方、死に方にとっても普遍的な意義を見出せる。

 ゼーレン・キェルケゴールは「絶望」を「死に至る病」と規定した。肉体的というより、それをも導く精神的、存在論的な死と捉えるべきである。

松波信三郎訳『死にいたる病』の序の結び「絶望はそれほど弁証法的である。同様にキリスト教の用語でも、死というのは最大の精神的な悲惨をいいあらわす言葉であるが、しかし死ぬことのうちに、死にきることのうちに、まさに救いが存するのである。」*

「絶望はただ単に普通の病気とちがった弁証法をもつばかりでなく、そこではあらゆる兆候が両義的である」*


1-3)フロイトなど
 フロイトは「自我本能=死の本能」と「性的本能=生の本能」というタナトスとエロスの二元論を提出し、「自我のいわゆる自己保存本能も死の本能のなかにかぞえ入れる覚悟をしていた」と述べる* 。

フランクル:
「環境からの影響は圧倒的なように見えますが、そう見えるだけであって、それに対する内面的な自由が人間にはあるのです。人間は最後の息を引き取るまで、その自由を保持しているのです。たとえ収容所の囚人からすべてを奪うことができたとしても、その自由だけは奪うことができないのです」
ヴィクトル・フランクル/山田邦男監訳『意味への意志』春秋社、2002年、p.137。

フランクルは「宿命論的態度」を批判し、「生きる理由がある」こと、「目的意識」、「使命を持つという感情」があれば、「外的な困難に応じて」、「内部の抵抗力も増す」と論じる。二二頁。
これは、一方で、
スイスやスウェーデンという「最も長い平和の時代を喜ばねばならぬあの国々」で「ヨーロッパ一の自殺頻度を示している」という問題、
他方で、「我が亡き後に洪水あれ"Apres moi le deluge"」*のような「我が亡き後に原爆あれ」という「投げやりな、まさに仮の生き方」の「精神的危機」を
前掲『フランクル著作集』第三巻、二一~二二頁。
 *ルイ15世寵妾ポンパドゥール侯夫人、或いはルイ15世自身の言葉とされる。マルクスは『資本論』第3篇第8章第5節で、この言葉を引用し、これが「全ての資本家、全ての資本家国家の標語である」と指摘した。



フランクルの実存主義的心理学
 アウシュヴィッツの人間学的、存在論的な位置

ヴィクトル・フランクルの「反省過剰」に対する「反省除去(脱反省、de-reflection)」*
*ヴィクトル・E・フランクル/宮本忠雄、小田晋訳『神経症・Ⅰ・その理論と治療』フランクル著作集四、みすず書房、一九六一年。一七一頁以降(この項の冒頭にはシェリングの「単なる反省はもっとも危険な精神病である」が引用)。また、Viktor E. Frank ; with contributions by James C. Crumbaugh, Hans O. Gerz and Leonard T. Maholick, Psychotherapy and existentialism : selected papers on logotherapy, Penguin Books, 1967, p.53. フランクル/高島博、長澤順治訳「自己実現と自己表現の超越」『現代人の病―心理療法と実存哲学―』丸善、一九七二年、五八~五九頁。

また、フランクルは、「深層心理学(depth-psychology)」に対して「高層心理学(height-psychology)」を提起しつつ、ジグムント・フロイトが「自分自身」を「常に建物の一階や地階に閉じ込めてきた」とルードヴィヒ・ビンスワンガーに「告白」したことを、「自分の学問体系の限界を見極めていた天才」であったと評価した。ibid., p.28.同前、p.23。訳文は変えたところがある。

「人間は決断を避けることができない存在である。(中略)人間は、絶えず自分自身を形成し、再形成していくのである。」ibid., p.43. 同前、p.46。
「自己超越(self-transcendence)が人間の実存の基本的な姿の一つである」ibid., p.53. 同前、p.58。そして先述した「反省除去(脱反省)」を「逆説志向」とともに提起する。
 これはまた「自己実現」論への批判でもある。「自己」とは何かを問い、超え続けることであり、「実現」することを最終の、究極の目的とすべきではない。
 「人間が無限に人間を超えることを学べ(apprenez que l'homme passe infiniment l'homme)」(パスカル『パンセ』断章434)

「人間は人間の実存の〔主観と客観による〕二重の緊張を克服しようとすべきでなく、むしろ堪える(undergo)である」フランクルibid., p.55. 同前、p.62。
 undergo ⇔ overcom
「自己超越は実存の本質である」ibid., p.83. 同前、p.100。
  ・・パスカル「人間が無限に人間を超えることを学べ」『パンセ』断章434。

「強制収容所は、人間世界を映し出す縮図以外の何ものでもなかった」、「収容所の体験から学んだことを応用する」ことにより、「時代精神の病理(the pathology of the Zeitgeist)」は「一時的で、宿命的な、日和見的な、狂信的なという人生態度によって特徴づけられる。即ち、心理的伝染病にすぐかかり易い生命に対する狂信的な態度である」ことが分かる。フランクルibid., pp.103-104. 同前、p.129。

「人間とは、アウシュヴィッツのガス室を発明した存在であり、同時に主の祈りやシェマー・イスラエル(Shema Yisrael)を唱えながら胸を張って堂々とガス室に入って行った存在でもあるのだ。」ibid., 44. 同前、p.47。
*Shema Yisrael(聞け、イスラエル )は、ヘブライ語聖書の律法(トーラー)の最初の二つの言葉で、ユダヤ人の祈祷の中核に位置づけられる。

対比:ハナ・アレントは『全体主義の起源』において、ナチズムを批判するよりも、むしろユダヤ人の無抵抗を取り上げ、「数百万もの人間が反抗もせずに毒ガスによる死に送り出されていった」と指摘し、彼(女)たちを「パブロフの犬と同様にふるまうあの操り人形」と称して、「これこそ死のシステムの最大の勝利である」と結ぶ(英語版、四五五頁、ドイツ語版、六九六-六九七頁、日本語訳版第三巻、一九七四年、二五八頁、ここで、英語版、独語版、日本語訳版を列挙するのは、後述するように、英語版よりも独語版の方でアレントのユダヤ人観の特徴が現れており、日本語訳は独語版を底本としているからである)。この点は『希望への扉―心に刻み伝えるアウシュヴィッツ―』pp.34ff。アレントとハイデガーの関係性、エリ・ヴィーゼルとの対比を論じたが、それに加えて、ここではアレントとフランクルを比較考察。


フランクル「意味への意志(the will to meaning)」ibid., pp.17ff. 同前、pp.6ff。
 「意味への意志」がないと、無意味な生、そして死になる。

「快楽原理(我々はこれを「快楽への意志」と呼ぶ)」と「所謂『力への意志』」に対して、『意味への意志』ということを主張する」ibid., pp47-48. 同前、p.51。
フロイトの心的機能作用の二つの原則、快楽(快感)原則と現実原則
ニーチェの鍵概念の一つ「力への意志」
 ニーチェの批判精神は認められる。
「怠惰の欲情がいまや『真理』に味方する(中略)要約すれば虚栄もそれに味方する。――吟味するよりも服従することの方が気楽であり、身のまわりに暗黒しかみないことよりも、『私は真理をもっている』と考える方が気持ちよいことである。」(『力への意志(Wille zur Macht)』四五二。原佑訳『権力への意志―すべての価値の価値転換の試み―』全集第十一巻、理想社、一九六二年、三七八頁)。
「真理とは、それなくしては特定種の生物が生きることができないかもしれないような種類の誤謬である。」(『力への意志(Wille zur Macht)』四九三。原佑訳『権力への意志―すべての価値の価値転換の試み―』全集第十二巻、理想社、一九六二年、三二頁)。


cf:エリクソンの「徳=活力(virtue)」、「人間的な強さ」、「戦闘的非暴力」『ガンディーの真理―戦闘的非暴力の起原―』


2)能力の喪失や崩壊、積極的に捨て、去ること

エリクソン『ライフサイクル その完結』増補版、みすず書房、二〇〇一年。
一六三頁「能力の喪失や崩壊」が「関心の全てとなる」
一八八頁「トランセンダンス」は「活動するもの」、「芸術」、
「人生という偉大なダンス」
「老いるということは偉大な特権である」

一八九頁「持ち物を軽くする配慮も欠かせない(略)山に登ろうと望むなら、瞑想があなたを手招きしているかどうかには関係なく、旅は軽装でなくてはならない。成功するためには生涯にわたるトレーニングが求められる」

参考:千利休的な「一期一会」、「守破離」の意味、特に「離」

 現代では「断捨離」(やましたひでこ)


3)デス・エデュケーション

3-1)死生観
 死を避けず、正視し、準備する。

三木清「死と教養について―出陣する或る学徒に答う―」
引用は『三木清全集』第十四巻、岩波書店、一九六七年、より
五七五頁「死の問題は伝統の問題である」
五七六頁「死生は一だ、というのは真理である。だがこれを弁証的に理解したからとて、死ねるものではない。死ぬるということは知識の問題ではなく信念の問題であると言われる。しからばどうして信じることができるのか。我々は伝統において信じるのである。」そして親鸞の『歎異抄』第二条「念仏は、まことに浄土にうまるるたねにてやはんべるらん、また、地獄におつべき業にてやはんべるらん。総じてもって存知せざるなり。たとい、法然聖人にすかされまいらせて、念仏して地獄におちたりとも、さらに後悔すべからずそうろう。」を引用している。
五七七頁。また、武士の切腹に言及し「人間は伝統の中に死に、そして伝統の中に生きる」と述べ、そして「今日、多くの日本人が戦場に出て」、「死を恐れない」のは、「決して、西洋人が言うように本能によるのではな」く、「靖国の伝統を信じ、この伝統の中に生き、この伝統の中に死ぬることができる」からである。
五八〇頁。ベーコンの「知は力なり」を引き、「知識は一つの重要な戦力」であると述べ、それを「単に直接に軍事に関係する知識のみではなく、あらゆる種類の教養、軍事に極めて縁遠く見える教養にしても、戦力であることができる。文武一如と考えた昔の武士はこのことを理解したのであって、文を徒に武化すること、単に実用化することを考えたのではない」と説明した。
五八一頁。そして「元気で出掛け給え」と結んでいる。

この三木の議論は、論争的な「東亜協同体」論、さらに、一九四三年の学徒出陣との関連で、・・「それ(満州事変―引用者)がどのように起こったにせよ、現に起こってゐる出来事のうちに我々は『歴史の理性』を探ることに努めなければならぬ。……支那事変に対して世界史的意味を賦与すること、それが流されつつある血に対する我々の義務であり、またそれが今も我々自身が生きてゆく道である」(「現代日本に於ける世界史の意義」『全集』第十四巻、一九六七年、一四三~一四四頁)が重要。
 ゲネシス(生成)とポイエシス(制作)の弁証法。

アントニオ・グラムシ「知識人の形成と機能」『知識人と権力―歴史的・地政学的考察―』上村忠男編訳、みすず書房、1999年、での「伝統」、「伝統的知識人」に通じる。


3-2)死の準備教育、死生観の教育
一九八〇年代から現れた。

ロバート・フルトン/斎藤武、若林一美訳『デス・エデュケーション―死生観への挑戦―』現代出版、1984年。

野坂昭如『ぼくの死の準備』読売新聞社、1988年、pp.141。
「遺書―円谷の実、三島の虚」で、自衛官でマラソン・ランナーの円谷幸吉の遺書の表現について「すぐれた詩人にも不可能ではないか」と述べている。
同書、p.142。で
「同じような迫力が、中国戦線で死んだ、農村兵士の、これは最後を意識した文字ではないにしろ、うかがえる」と述べている。
 私は、野坂の三島への評価は反対であるが、他の部分は傾聴に値すると考える。野坂は無頼で、三島は国士であり、武人(自衛隊員)の円谷は、野坂の対比を知れば戸惑うと考える。


フィリップ・アリエス/伊藤晃、成瀬駒男訳『死と歴史―西欧中世から現代へ―』みすず書房、1983年、p.19。かつて「己の最後が近いのを知って、死に行く者は準備をととのえたものです。」
p.207。「人間は、何千年もの間、自分の死と自分の死の局面とを支配する主権者であった。その人間が今日、そうであることを止めている。」
 それは「周囲の人に一層依存するように」なったからp.209。
「医学の進歩」により「命拾いするチャンス」が増え、「痩せ衰えても、相変わらず生き永らえることは可能」になったp.215。
 イヴァン・イリイチの『脱病院化社会―医療の限界―』(金子嗣郎訳、晶文社、1979年)に通じる議論。

 ただし、姥捨ての伝承が西欧を含め広く存在しているが、それへの考察がないなど、限られた範囲での思索の書。

 死生観には実践的な思想、哲学が必須、不可欠。


4)諸実践

4-1)「グリーフ・ワーク」
 深い悲嘆の「仕事」、「実習」
 「グリーフ・ケア」
 悲嘆から立ち直るための「ケア」、支援

アルフォンスデーケン、柳田邦男編『「突然の死」とグリーフケア』春秋社、1997年

 悲しみを認め、表現することにより、悲しみを乗り越える。
 かつて、泣き男、泣き女(泣き婆):中国、朝鮮、日本海沿岸に広がっていた。

さらに、
日本福音ルーテル社団のHPより:
リラ・プレカリア(祈りのたて琴)
 ラテン語でリラはハープを、プレカリアは祈りを意味する「リラ・プレカリア」は、「祈りのたて琴」と訳すことができます。病床にある方、さまざまな問題で悩み苦しむ方に、ハープと歌による祈りをお届けするプログラムです。
多くの場合、音楽は多数の方々を対象に演奏されますが、リラ・プレカリアによる音楽は全くの個人を対象としています。奏者は自ら演奏する曲を選ぶのではなく、その方の精神的状態、呼吸数、心拍数等から、祈りと導きによってそのとき演奏すべき曲が与えられます。この働きの経験から、病床にある方々だけでなく、看護する方々にも、私たちは一人ではなく、私たちの力を超えた方が共にいてくださることを再認識する大きな恵みの機会となっています。
・・
 リラ・プレカリアの本来の働きは、終末期にある方、昏睡状態や意識の無い方、もしくは身体的、精神的に痛みを抱えている方を対象とします。利用者お一人のためにベッドサイドで奏でますが、その方の大切な時間をご家族と共有することにより、ご家族の方の穏やかなひと時になることもあります。・・

 脈拍の安定、血圧の安定、精神的な安らぎ、痛みの軽減が報告されている。

山本雅基「山谷のホスピス旅館から」『こころの友』二〇一二年八月一日号
 在宅ホスピスケア施設「きぼうのいえ」での実践
「パストラル・ハープ」とも呼ばれている。
女性宣教師キャロル・サックがボランティアのWとペアで、約四〇分。
 まず、きぼうのいえの礼拝堂でアッシジの聖フランシスコの「平和の祈り」を捧げる
 終末を迎えようとする人の部屋に入室
 歌とハープ(サック)
 足のマッサージ(W)

プログラムは、死の前、死(リラ・プレカリアでは「移行」と呼ばれる)、死の後も天国での幸いを祈り願い行われる(天に召された後に遺体が運び出された空き室で祈祷や演奏)。

→最後まで「ダンス」、魂の「ダンス」

また、山本は『こころの友』二〇一三年八月一日号では、マザー・テレサの「死を待つ人の家(ニルマルヒルダイ)」に習い、山谷の「俺たちは生きてるときもホームレスだけど、死んでもホームレスだよ」の声に「わびしさと痛切な寂寥を感じ取って、胸が張り裂けんばかりにな」り、「希望者は誰でもきぼうのいえのお墓に入れるように、その意志を提示するカードを炊き出しの列に並ぶおじさんたちに配り始め」た。


4-2)医療との関連
 終末期医療、ターミナルケア
 「末期」の定義、その判断、
 最後まで生活の質(quality of life)、人間らしく尊厳を保って死を迎える。
 生きようとする意志、それへの支援、自己決定

 終末期医療の内容や方法は、個人差があるが、一定の年齢に達したら、定期的に「リビングウィル(生前の意思)」の確認を繰り返すことが重要。


5)叡智・箴言
「新約聖書・ヨハネ傳」21章18節「汝若かりし時は自ら帯して欲する処を歩めり。されど老いては手を伸べて他の人に帯せられ、汝の欲せぬ処に連れゆかれん」

「日暮れ途遠し、吾が生(しゃう)既に蹉跎(さだ)たり、諸縁を放下(ほうげ)すべき時なり。」『徒然草』第百十二段
「日暮れ途遠し」は『史記』「伍子胥列伝」にある。

ヒポクラテス「芸術は長く、人生は短し(Ars longa, vita brevis)」
カントは「人間の歴史の憶測的起源」で引用し、「聡慧な頭脳に恵まれた人が、彼の練達と経験とから期待し得る最大の発見を成しとげようとする間際になると、早くも老衰が始まる(略)人類が彼の本分を完全に達成するために取るところの過程は、こうして絶えず中断され、また元の未開状態に戻る危険に曝され続けているように見える」と述べる(前掲篠田訳『啓蒙とは何か』六八~六九頁)。

しかし、古代ギリシアの哲学者ヘラクレイトスは「上り坂と下り坂は一つの同じものである」と言った。

 乳幼児から老年期(高齢期)までのライフサイクルを見渡した上で、老年期の発達が問われる。死によるライフ(生命、人生、生活)の断絶と、若い世代への継承を通した、死の超越。それは絶えざる「絶望」との対峙と格闘になる。
 人生の連れあいがいれば、若い成人期からの「孤独」や「衰退」を共に乗り越えて「絶望」にも対処することができるが(「共白髪」の感覚)、それでも、いつかは、どちらかが早く死ぬ。


5-1/西洋

同「真の哲学者が死ぬことを心がけているものであり、彼らが何びとよりも死を恐れないものであるということは本当なのだ」
 前掲『ソークラテースの弁明・クリトーン・パイドーン』p.126。
 「勇気とよばれるものも、いま述べたような真の哲学者に最もふさわしいではないか」同前、p.127
 「魂が清浄な状態で肉体を離れる」ためには「一生のあいだ、自分からすすんで肉体と共同したしたことはなく、自分自身へ集中」するように「練習」しなければならず、このような意味で「真に哲学すること」は「死ぬことを練習することにほかならない」同前、p.156

聖書「ダニエル書」3章で、シャドラク、メシャク、アベド・ネゴは、主なる神に仕え、王の神々や偶像には仕えないと表明して、燃えさかる炉に投げ込まれる。三人は主なる神が救うが、信仰を守るためには死を選ぶという生き方が述べられている。

先述の「エゼキエル書」の「生きよ」という厳しさ。

イエスは最後の晩餐において「罪が赦されるように、多くの人のために流されるわたしの血、契約の血」であると言われ、ぶどうの実から作った液を飲み(「マタイ福音書」26章28節など)、十字架刑へと向かっていった。


パスカル
偉大と悲惨
 「人間は自然のうちで最も弱い一茎の葦にすぎない。しかしそれは考える葦(le roseau pensant, the thinking reed)である。これをおしつぶすのに、宇宙全体は何も武装する必要はない。風のひと吹き、水のひと滴も、これを殺すに十分である。しかし、宇宙がこれをおしつぶすときにも、人間は、人間を殺すものよりも一そう高貴であるだろう。なぜなら、人間は、自分が死ぬことを知っており、宇宙が人間の上に優越することを知っているからである。宇宙はそれについては何も知らない。
 それゆえ、われわれのあらゆる尊厳は思考のうちに存する。われわれが立ち上がらなければならないのはそこからであって、われわれを満たすことのできない空間や時間からではない。」(『パンセ』断章347)
「人間の偉大は、自分が悲惨であると知ることにおいて偉大である。樹木は自分が悲惨であるとは知らない。それ故、〔自分が〕悲惨だと知ることは悲惨であるが、しかし、偉大であることは、まさに悲惨だと知ることなのである。」(『パンセ』断章397)。

「コリントの信徒への手紙・二」一一章三〇節「誇る必要があるなら、私は弱さにかかわる事柄を誇りましょう」、一二章九節「力は弱さの中でこそ十分に発揮されるのだ」
「コリントの信徒への手紙・一」一章二二~二五節「ユダヤ人はしるしを求め、ギリシア人は知恵を探しますが、わたしたちは、十字架につけられたキリストを宣べ伝えています。(中略)神の愚かさは人よりも賢く、神の弱さは人よりも強いからです」
 キリストのライフサイクルは、馬小屋で生まれ、十字架刑で殺された。この「十字架」を核心的な象徴とする信仰がキリスト教。
 なお、ヘブライズムに対するヘレニズムで重要なソクラテスも刑死(自決判決)でライフサイクルが完結した。


5-2/日本では、


戦国武将の人生観、死生観
「敦盛」(幸若舞の演目)の中の詩句
「人間五十年、化天のうちを比ぶれば、夢幻の如くなり。一度生を享け、滅せぬもののあるべきか」
織田信長がこの節を特に好んで演じたと伝えられている。

豊臣秀吉の辞世「露とおち 露と消えにし わが身かな 難波のことも 夢のまた夢」

徳川家康の人生訓として伝えられている訓話。
「人の一生は/重荷を負うて、遠き道を行くがごとし/急ぐべからず/不自由を、常と思えば不足なし/心に望みおこらば、困窮したる時を思い出すべし/堪忍は、無事のいしずえ/怒りは、敵と思え/勝つことばかりを知って、負くることを知らざれば/害、其の身に到る/己を責めて、人を責めるな/及ばざるは、過ぎたるに優れり/慶長八年正月十五日」


武道・武士道の死生観

大道寺友山『武道初心集』冒頭「武士たらんものは正月元日の朝雑煮の餅を祝うとて箸を取初るより其年の大晦日の夕に至る迄日々夜々死を常に心にあるを以て本意の第一と仕るにて候」(大道寺友山/古川哲史校訂『武道初心集』岩波文庫、一九四三年、二九頁)。

『葉隠』(江戸時代中期、1716年ごろ、肥前国佐賀鍋島藩藩士・山本常朝、田代陣基)。
「朝毎に懈怠なく死して置くべし」、「武士道と云ふは死ぬ事と見付けたり」。


高杉晋作
「人生の事、棺を蓋いて定まる」(明治維新へと動勢を回天させた「功山寺挙兵」の直前の書簡)

「おもしろき こともなき世を おもしろく」(辞世の句)


近代、京都学派
 三木『人生論ノート』の第一篇「死について」(発表年は一九三八年)
冒頭「近頃私は死といふものをそんなに恐ろしく思はなくなった」『三木清全集』第一巻、岩波書店、一九六六年、一九五頁。
「私にとって死の恐怖は如何にして薄らいでいったか」と書き出し、「自分の親しかった者」が死別したが、それと「再会」する可能性が、自分の死により与えられるからだと述べる。即ち、生きていれば再会の「プロバビリティ」は「零」だが、死後のことは誰も分からないのだから、「プロバビリティ」は「零」とは言えず、従って、少しでもあるのだから、「もし私がいづれかに賭けねばならぬとすれば、私は後者に賭けるのほかないであらう」と述べる。一九八~一九九頁。

「執着する何ものもないといった虚無の心では人間はなかなか死ねないのではないか。執着するものがあるから死に切れないといふことは、執着するものがあるから死ねるといふことである。深く執着するものがある者は、死後自分の帰ってゆくべきところをもってゐる。それだから死に対する準備といふのは、どこまでも執着するものを作るといふことである。私に真に愛するものがあるなら、そのことが私の永生を約束する」一九九~二〇〇頁。

 武士道は職人気質とともに、日本的アイデンティティとして重要。
一所懸命、一心、一途、忠誠・・
無私、捨身、


5-3/中国
 中国では、孔子が「未だ生を知らず。焉んぞ死を知らんや」(『論語』先進篇)と述べたことが、死への考究を阻む結果となった。
「宗教としてみれば、儒教はあきらかに不完全燃焼をおこしている。祖霊崇拝をもととしながら、『死後の世界』についてはくちをとざす」と指摘している* 。
 尚古主義から祖霊崇拝がなされるが、しかし、死については考えないため、生しか考えなくなる。「活命哲学(命あっての物種主義)」は中国人(漢人)において極めて大きな位置を占めていると言える。
 ただし、その前に「鬼神」に事(つか)えることを問われ、「未だに人に事うること能(あた)わず、焉(いづく)んぞ能(よ)く鬼に事えん」と答えており、極めて現実的である。

司馬遷:
 司馬遷が友人の任安(少卿)に宛てた手紙が『漢書・司馬遷伝』に記されている* 。
 「宮刑を受けた人は、人の数に入れられぬもの。これは今に始まったことではない。遠い昔からそうです。昔、衛の霊公が宦官の雍渠を同じ車に乗せましたところ、孔子は恥じて陳に行ってしまいました」
 「私は臆病で命が惜しいとはいえ、いくらかは義のために命を棄てるべき道理も弁えておるつもりです。……たまたまこの禍いに遭いました。この書ができ上がらぬのが心残りなばかりに、甘んじて最も恥ずかしい刑を受けた次第です」


諸葛亮(孔明):
『誡子書』子を誡(いまし)める書という意味で、孔明が子孫(息子の瞻)に残した遺訓
「夫君子之行、静以修身、倹以養徳。
 非澹泊無以明志、非寧静無以致遠。
 夫学須静也、才須学也。
 非学無以広才、非志無以成学。
 滔慢則不能励精、険躁則不能治性。
 年与時馳、意与日去、遂成枯落、多不接世。
 悲窮盧守、将復何及。」

「それ君子の行ひは、静以て身を修め、倹以て徳を養ふ。
 澹泊にあらざれば、以て志を明らかにすることなく、
 寧静にあらざれば、以て遠きを致すことなし。
 それ学は須く静なるべく、才は須く学ぶべし。
 学ぶにあらざれば、以て才を広むるなく、志あるにあらざれば以て学を成すなし。
 滔慢なれば則ち精を励ますこと能はず、険躁なれば則ち性を治むること能はず。
 年は時と与に馳せ、意は日と与に去り、遂に枯落を成し、多く世に接せず。
 窮盧を悲しみ守るも、将た復た何ぞ及ばん。」

*これを、二〇一二年八月二八日、ニューヨークで、亡命詩人の黄翔の家で目にした。

参考:
 韓国では、金芝河「死をうけいれることで、死にうち勝ち、死をみずから選択することによって(中略)永生をかち得た」金芝河他/井出愚樹編訳『わが魂を解き放せ』大月書店国民文庫、1975年、p.21。

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