「絶対矛盾的自己同一」の実践倫理-陸軍情報将校鈴木庫三「人格と道徳生活」1
「絶対矛盾的自己同一」の実践倫理-鈴木庫三「人格と道徳生活」を読む―(『社会教育学研究』第43号、2018年9月/予定)
平和のために戦争を研究する。戦争と正対しない平和の議論は空論に堕す。
この視座から陸軍情報将校(大佐)鈴木庫三の思想哲学と実践/実戦を研究する。
1.軍人としての思想哲学研究
小論は『平和教育の思想と実践』(同時代社、二〇〇七年)で行った鈴木の軍隊教育に関する考察を発展させるための研究ノートである。
『平和教育の思想と実践』の後、私は『戦中戦後 少年の日記 1944-45年』(藤田秀雄著、山田編、同時代社、二〇一四年)や『「わだつみのこえ」に耳を澄ます―五十嵐顕の思想・詩想と実践』(同時代社、二〇一八年)などで戦争と平和の研究を進めてきた。この十一年間の研究に立脚し、改めて鈴木の思想と実戦/実践を考察する。『平和教育の思想と実践』では宮原誠一の研究を深めるために鈴木を取りあげたが、ここでは鈴木を主題とする。
鈴木は軍人として哲学・思想を研究した。そのテーマは人格の形成における道徳の実践、実践倫理の意義や必要性である。
敵兵の殺傷を避けられない軍隊に道徳・倫理があるかと問うのではなく、そのような軍隊だからこそ道徳・倫理が求められる。西田哲学を応用すれば、鍵概念の「絶対矛盾的自己同一」を鈴木は軍隊における道徳・倫理で追究したと言える。
既に、その先駆は武士が人間として生き死のうと不殺生の仏教(特に禅)を信仰すること、その実践たる活人剣に見出せる。人を切るための剣を武士の魂とすることと不殺生はまさに矛盾だが、暴力に満ちた世界の内に存在する者として、人が襲われようとする時、救援して活かすために剣を使うことは必要かつ重要である。
研究のレベルは高いと評価する。これは彼だけに限らない。木村久夫陸軍上等兵や五十嵐顕陸軍少尉のレベルの高さは前掲『「わだつみのこえ」に耳を澄ます―五十嵐顕の思想・詩想と実践』で論じた。
これは陸軍について多角的に考えることに資すると考える。
・・続く・・
平和のために戦争を研究する。戦争と正対しない平和の議論は空論に堕す。
この視座から陸軍情報将校(大佐)鈴木庫三の思想哲学と実践/実戦を研究する。
1.軍人としての思想哲学研究
小論は『平和教育の思想と実践』(同時代社、二〇〇七年)で行った鈴木の軍隊教育に関する考察を発展させるための研究ノートである。
『平和教育の思想と実践』の後、私は『戦中戦後 少年の日記 1944-45年』(藤田秀雄著、山田編、同時代社、二〇一四年)や『「わだつみのこえ」に耳を澄ます―五十嵐顕の思想・詩想と実践』(同時代社、二〇一八年)などで戦争と平和の研究を進めてきた。この十一年間の研究に立脚し、改めて鈴木の思想と実戦/実践を考察する。『平和教育の思想と実践』では宮原誠一の研究を深めるために鈴木を取りあげたが、ここでは鈴木を主題とする。
鈴木は軍人として哲学・思想を研究した。そのテーマは人格の形成における道徳の実践、実践倫理の意義や必要性である。
敵兵の殺傷を避けられない軍隊に道徳・倫理があるかと問うのではなく、そのような軍隊だからこそ道徳・倫理が求められる。西田哲学を応用すれば、鍵概念の「絶対矛盾的自己同一」を鈴木は軍隊における道徳・倫理で追究したと言える。
既に、その先駆は武士が人間として生き死のうと不殺生の仏教(特に禅)を信仰すること、その実践たる活人剣に見出せる。人を切るための剣を武士の魂とすることと不殺生はまさに矛盾だが、暴力に満ちた世界の内に存在する者として、人が襲われようとする時、救援して活かすために剣を使うことは必要かつ重要である。
研究のレベルは高いと評価する。これは彼だけに限らない。木村久夫陸軍上等兵や五十嵐顕陸軍少尉のレベルの高さは前掲『「わだつみのこえ」に耳を澄ます―五十嵐顕の思想・詩想と実践』で論じた。
これは陸軍について多角的に考えることに資すると考える。
・・続く・・
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